どうして、日本人は花火が好きなんだろう。
夏になると、あちこちで花火大会が開かれ、みんなこぞって場所取りまでして見に行くらしい。
幸い、まだこんなに住宅が増える前は、家のベランダからでも花火が見えていたこともあり、私には、わざわざ花火を見に行く、という習慣がない。だから、みんなが、花火大会を心待ちしている感覚がよくわからなかった。近くで見ると、迫力が全然違うよ、と言う。でも、花火は少し離れたところから見るもの、と小さい頃から思っていたので、わざわざ人込みに紛れて見に行く気になれなかった。
彼氏でもできたら、一緒に行けばいいじゃない。そう言った友達もいた。
でも、私の恋は、いつも夏が来る前に終わる。
秋から冬にかけて、淋しい季節にそばにいてくれた人は、春になると去っていく。
だから、夏は、私はいつも一人で過ごす。
まだ日が高い午後、今日の花火大会開催を知らせる花火の音が響く。
その音が、どこか空しく心を打つ。
花火大会の日に家にいるなんて、何年ぶりだろう。
俺は、青い空にたなびく花火の白い煙を見上げた。
子供の頃は家族で見に行ってたし、中学くらいからは友達と、彼女が出来てからは、毎年の格好のデートの場となっていた。
なのに、今日は誰とも約束がない。
あんたが今日家にいるなんて珍しいわねえ。お袋はさも嬉しそうにそう言った。
どうせ、また女の子に振られたんでしょ。
全く、答えにくい質問を平気でする。
じゃあ、お父さんと花火見に行ってくるわね。夕飯の支度してないから、適当に食べて。そう言うと、2人は、さっさと出かけてしまった。息子が一緒に行かなくなっても、毎年、2人で花火を見に行っていたらしい。
うだるような暑さの中、わざと冷房も付けずに、そのままごろんと横になる。
子供の頃の夏は、いつもこうだった。
あんなに汗だくになって遊んでも、ぜんぜん平気だったのに、今ではちょっと汗をかいただけで、もうだるい。
こんな日に、ヒマを持て余している自分が、なんだか、とてつもなく小さく思える。
そんな空しさを埋めようと思ったわけではないのだけれど。
私は、土手に向かって自転車を走らせていた。
花火大会は、川原で行われる。
花火にも、やっぱり裏表があるらしい。
本当は、メイン会場側から見た方が、正面からきれいに円を描いて見えるのだそうだ。
しかし、会場は、すでに人で溢れ、とてもゆっくり見れたものではない。
だから、近所の人たちは、だいたい、対岸で見る。
私も、それにならって、対岸へ向かっていた。
何故、わざわざ、見に行く気になったのか、自分でもわからない。
もしかしたら、いつもと違うことをすれば、違う夏になるかもしれない。
そんな小さな期待を抱きつつ、私は、自転車を漕いだ。
それにしても、こんなにペダルって重かったか?
久しぶりに乗るペダルの重さに、俺は、驚いていた。
高校時代の愛車は、まだ車庫の隅に眠っていた。
自分の車を買ってから、自転車なんて、ほとんど使っていなかった。おかげで、チェーンも錆付いていたけれど、まだ走れそうだったので、引っ張り出してきた。
高校生だった時はどこへ行くにも、こいつで出かけていた。あの頃の唯一の足。これには、いろいろな思い出がついて回る。
あの頃の懐かしい風景を思い出しながら、俺は、川原に向かった。
メイン会場は、観光客でいっぱいなので、地元の人間は、対岸に回る。途中の屋台で、やきそばとビールを買うと、俺は、毎年見に行く、いつもの場所へと自転車を向けた。対岸からでも、十分、大きな花火が見える。
まあ、たまには、一人でもいいか。
やっぱり、この花火大会は、毎年の決まりの行事だ。
これがないと、俺の夏はやってこない。
そんな思いに駆られ、俺は自転車を走らせる。
ふいに、どーんと大きな音が響いた。花火大会が始まったのだ。
空に広がる花火は、想像していたより大きい。
それに、思いのほか音も大きい。
メイン会場ほどではないけれど、対岸にも、そこそこ人は出ており、レジャーシートを敷いて、そこで宴会を始めている。
私は、そんな人たちから少し離れた場所に、自転車を止めた。
ひゅうっという音と共に、白い筋が空へ上り、一気に細かい光が広がる。
火の花。なんてぴったりな表現だろう。
まるで、花が開くように、鮮やかな炎が中心からふわっと広がり、あっというまに闇に飲み込まれ、消えていく。
ほんの一瞬の儚い夢。
そんな一時を味わうために、人は集まってくる。
本当に、日本人は、花火が好きだなあ。
俺は、宴会をしている集団とは、少し離れた土手に腰を下ろすと、ビールを開けた。
夜空に広がる花火は、煌々と辺りを照らす。
空を彩る火の花は、一瞬のうちに色を変え、すうっと闇に吸い込まれていく。
真っ黒いキャンバスに描かれた、真夏の夜の夢。
ガラにもなく、そんなフレーズが頭に浮かび、我ながら恥ずかしくなって、頭を振った。
たかが缶ビール1本で酔っ払ったか?
ふと、隣に止まっている自転車のそばに佇む女性に気がついた。
見覚えのある顔。
すぐに、それが記憶の中にある人物と一致したのは、久しぶりに乗った、思い出がついて回るこの自転車のせいだろう。
視線を感じてか、彼女が、ふいにこちらに目を向ける。
一瞬浮かぶ、不審げな顔。
それが、やがて、懐かしさと親しみに変わる。
あれは、まだ、これほどいろいろな思いに捕らわれることがなかった高校時代。
同じクラスだったけれど、ほとんど話をしたことがなかった男の子。
帰宅途中、自転車のタイヤがパンクしてしまい、困っていたところを、偶然通りかかった彼が、最寄の自転車屋まで一緒に行ってくれたのだ。
ただ、それだけのクラスメート。卒業してからは一度も会っていない。
それなのに、意外なほどすんなり、その顔はあの頃の彼と一致した。
どーんと大きな音が響き、夜空に鮮やかな色彩が広がる。
これは、花火がもたらした偶然の出来事なのだろうか。
彼が、私の名前を呼ぶ。
あの頃と変わらない、深く響く懐かしい声で。